絶対似てるでしょ??

絶対似てるでしょ??

皆さんこんにちは。
もうだいぶ日が伸びまして、午後6時でも結構明るいから、結構ビックリします。
とは言っても夕暮れどきが事故の発生件数が多いようですので、早めのライト点灯を心掛けましょうね。
さてさて、昨日は横浜都筑店・武蔵村山店ともにいつもより少し早くお店を閉めさせていただきました。
懇親会といいますか、飲み会もかねてですが、毎年恒例の野球観戦へ。
横浜の開港記念日ともあり、横浜市の学生はお休み。子供たちも多く賑やかでしたね~。

 

たまには気分転換もいいですね。今日からバリバリ通常営業でございます。
そろそろ本題へ。
少し前のブログで、フェラーリの「跳馬」についてお話をさせていただきました。みなさん覚えてますか??
ではその話の延長線なのですが、「フェラーリエンブレムの馬」と「ポルシェエンブレムの馬」似てません??

 

 


実は、同じ「馬」をシンボルにしていたのです。
ドイツ車のポルシェと、イタリア車のフェラーリ…何故この2つのクルマが同じマークを…!?
ではまず最初に、ポルシェのエンブレムの由来からです。ポルシェといえば、本拠地はドイツですね。
ドイツのシュトゥットガルト市という場所に拠点を構えていたので、ポルシェ社はシュトゥットガルト市の紋章をメインシンボルに、デザインを行いました。

 

それがこのシュトゥットガルト市の紋章。日本語で「馬の園」という意味があります。
フェルディナンド・ポルシェ博士はこの紋章と、シュトゥットガルト市があるバーデンビュルテンブルグ州の紋章を組み合わせて、現在のポルシェのエンブレムを作成しました。
なるほど。ポルシェ社の本拠地である街のシンボルを、そのままエンブレムにしたというわけですね。これは納得です。
先述の通り、ポルシェとフェラーリのシンボルである馬は「同じ馬」…。つまり、フェラーリもシュトゥットガルト市の紋章を使用したという事です…。
ここで疑問となってくるのが、どうしてドイツの町の紋章を、イタリアに本拠地を置くフェラーリが使用しているのか?という事。そのエピソードは、第一次世界大戦にまで遡ります。
では、フェラーリのエンブレムの由来を。フェラーリのシンボルである「跳ね馬」は、国民的英雄であったイタリアのパイロット、フランチェスコ・バラッカが自身の戦闘機につけていたマークに由来すると言われています。
第一次世界対戦で「撃墜王」とまで称された伝説のパイロットのバラッカ…。
1918年に彼は戦死してしまいますが、その後彼の両親が、エンツォ・フェラーリ社に彼のシンボルであった跳ね馬のエンブレムを授けました。
そして、バラッカが自身の戦闘機につけていたマークはそう…ドイツのシュトゥットガルト市の紋章。第一次世界大戦中、空軍では撃墜した飛行機のマークを戦利品として自身の戦闘機に張り付ける文化があったそうです。
当時、イタリアの宿敵であったドイツ空軍との戦闘でドイツ機を撃墜した証として、バラッカが自身の戦闘機に敵軍のマークを張り付けたようです。その敵軍というのが、ドイツのシュトゥットガルト市であった、というわけなんですね。
ポルシェとフェラーリが同じシンボルを使用していたのは、そのような背景があったからだったのですね。深い歴史と過酷な時代背景を感じさせられました。
※内容の一部をインターネットより拝借させていただいております。スイマセンです。
今日のお勉強はここまで~   !!!!
ではでは。

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